昭和43年3月20日 朝の御理解     (末永信太郎)    №43-095


 生神金光大神お取次ぎの道のごひれいが、銘々の家庭の上に、銘々の心の上に現されて行くための神様のご準備とでも言うか、そういうようなものが、今、合楽の信心をなさっておらえる人達の上に犇いておるとでも申しましょうか。そういう、こう、感じを致します。ね。
 銘々が、どうでも真の信心を身につけさせてもらい、その真の信心が、いわゆる、生神金光大神お取次ぎの道のごひれいが、そういう働きになって来る。お互いの心の上に、または家庭の上に、また、大きく言えばお広前の上に現されて来る。ね、その現されて来るための神様のご準備。それに、応えるように皆さんの信心が、こう、勢いだって来る。言うなら、そういう働きがです、今、ここの広前には犇めき合っておる、そんな感じです。ね。そういう、一つの勢いにです、皆さんが便乗させてもろうて、信心のけいこをさせて頂いておるということは、本当に有り難いことだと、私は思うです。ね。
 いや、まだ、合楽の場合はですね、それが現されてはいない。ね。生神金光大神取次の道の働きが、ね、そのごひれいが、ね、まだ現されるところまでは行ってない。けれども、現されることのための準備がね、言うなら、神様と氏子、神様と信者の中に、こう、一生懸命の勢いで、今、この合楽のお広前に燃えたっておる。そういうおかげを頂かせてやろう、また、頂きたいと願う人達で、こう、犇い合っておるようなものを最近感じます。ね。
 どうでも皆さんがです、それを現して頂くところまで行かないといかん。まだ皆さん、皆さんの心の中にですね、現して行けておる、と。いやあ、やっぱりっちゃ、なるほど、金光様の信心を一生懸命して、お参りしよんなさるから、あのような輝かしいおかげになって。ああいう生き方、ああいう在り方を持って、人間の本当の幸せと言うのでもあろうか、というようなものがですね、人へこう、伝わって行く。ね。
 また、自分の頂いておる、それを伝えなければおかんような働き。ね、になって来なきゃならんと思うですね。昨夜、合楽会の例会日でございました。本当に私、途中から、もう、ここの御用を頂き終わってからでございまから、もう、半ばでございましたけれども、入らせて頂いた。
 もう、私自身が、その雰囲気の中にあって、私自身がおかげを受けたんです。もう、私自身が有り難い。はあ、本当に信心っちゃ有り難いことじゃなあ、素晴らしいことじゃなあ、と。これが、本当の信心だなという感じなんですね。もう、堤清さんも夕べは見えておられました。最後に、本当にもう、こういうような話を頂くけん、お広前にもう来にゃおられないて、こういう訳なんですよね。
 もういつ、お広前でどげなよかお話がありよるやら、皆さんの会合の時に、どういう素晴らしいお話がありよるやら分からん。それが、あの、出て来にゃおられんと言うて、その、言うておられますようにですね、それぞれの、その信心の、まあ、けいこをなさっておられる、その信心のけいこの過程の、いわゆる実験談なんですね。それ、もう、本当の信心の筋に合って行く。ね。生神金光大神取次の道がです、もう、これならいよいよ、ごひれいになって、皆さんの心の中にも、家の上にも、いよいよ、もう、現されていく寸前。そういう気が致します。私はちょうど、あの、田中さんが発表されるところから聞いたんですけれども。
 だいたいは、もう、お父さん、お婆さんですね。お婆さんの御信心ですから、もう、大変長い信心。善導寺の教会に子供時から、やはり、お参りをさせて頂いておられたんですね。それがその、椛目にああしておかげを頂かれるように、一番はじめ椛目に、すぐ教会の近所に移って来られたんです。そして、不思議にその、あちらのお神様を、私が奉祭式に、私と久保山先生と二人でお祭りさせて頂いたんです。
 まあ、そういうような縁がございますもんですから、まあ、椛目にずっとお参りになられまして。なられはじめの頃がです、ある一つの子供さんのことで、大変難儀な問題を、まあ、当時はです、もう大変、これは、どうなるじゃろうかというような難儀だった、子供さんの上に。もう、そのことで一生懸命、なら、椛目にもお参りをされる。合楽になってからは、もう、それこそ朝参りを参るというようにして、まあ、打ち込んでの信心が出けて行きよる。
 そこんところのおかげの過程をずうっと話されましたですがですね、掻い摘んで申しますとです、そういう風に、さしもの心配であった、不安であったことは一つも動かないのだけれどもです、ね。最近では、そのことがですね、ただ、信心のけいこをさせてもらう、修養させてもらうと言うておられますね。修養させてもらいます、そのことが楽しゅうて、合楽のこのお広前におかげを頂いておる。
 もう、そのことは先生、こう、忘れてしもうておる。もう、棚に上げられたとういう感じなん。ね。私はそこまで聞かせて頂いてからですね、もう、究極、信心のおかげというのは、それなんですよ。さあ、助けてもらんなん、助けてもらわんならん。助けてもらいよるけん、お参りしよるとといったようなところからですよね、なら、ここにお参りをされよって、まあ、丸二年なら二年と致しましょうか。
 二年の間に、そのことが、もう、いわば苦になり、先はどうなるだろうかと思うような(ことが?事柄が?)です、そういう難儀な問題が、もう、難儀で無くなって来たわけです、田中さんの前には。そして、信心が身について行くということが有り難いことになって来たんです。そして、中にも話しておられますように、お取次を頂いて起こって来ることの有り難さ、お取次を頂かずに成しておったことの、あまりにもお粗末になって行くことの体験が、ひしひしと、最近は感じられると言われる。ね。
 私は、本当にあの、田中さん、そういう境地がね、例えば、その問題が、その当時、難儀と思うておったのが、もう、難儀で無くなったように。けども、今度は、貴方がもっと難儀と感じなさるような大きな、例えば問題でも理屈は同じことだということ。ね。だから、問題は、そこんところの信心の基本というものが出けておれば、もう大丈夫だ。ところが、なら、少しの大きな、また、もっと、なら、大きな大きな問題になって、難儀になってまいりますと、やはり、心が動揺する。そこに、また修行が必要ともなってくる訳ですけれども。言うたら、ここんところを頂くために、信心のけいこをしておるとですよ、実は。
 心にまだね、頂かねばならんものがここに引っかかっておる間はです、それは、おかげは受けますよ、皆さんがその体験をね、持っておられますよ。おかげを受けますどころじゃないですけども、本当のおかげですね。いわゆる、神様が下さろうとするおかげですね。それこそ、夢にも思わなかったようなおかげですね。そういうおかげの過程としてはです、今言うように、今まで難儀と、どうぞどうぞと言うて願いよったことがです、もう、願わんで済むというのはです、まあ、言うならば、まあ、どうとかなろうと。もう、どうかなろうけんで、といった、そういう安易なものではないです。
 神様の前には、それこそ、日参りをお参りさせてもろうて、信心の修養を積ませて頂くということが、有り難いというような修行が、ね、だんだん迫力が増して来るにしたがって、こちらの心配がもう心配じゃ全然無くなって来て、もう、そのことは願うことすら、最近忘れておるちゅう。ね。
 その過程をね、ずっと話しておられましたが、ところがです、さしもの、その心配がですね、病気のことだったんですけれども、おかげを頂いておるということなんですよ。ね。お互いがですね、どうでも、これは、とてもほんなこて、もう、今、これは合楽の信心な最高峰ばいち私は申しました。ね。
 問題は、まあ、私から見れば小さいもんだ。けども、本人、お母さんとしては、それは、もう、大変な難儀な問題だったんです、子供のことですから。二年前までは、いや、一年前までは、いや、ついこの頃までは。それがです、だんだん、信心が身について行くにしたがって、不安でも心配でもないことになって来たの。いわゆる、私が言う、どうでも良いという気持ちになって来たんです。ね。
 それは、(どうにか?)なろうたいというものではないのです。ね。そこに、迫力の信心がなされて、初めてそういうことになって来るです。次に、(こうじゃくさん)が発表しておられます。(こうじゃくさん)も、もう、(こうじゃくさん)は椛目に一遍か二遍かお参りされてある。こちらへ移って参りましてから打ち込みですから、まあ、本当、(正味?)に打ち込んでおられるのは、まあ、一年余りでございましょう。これも、やっぱり子供さんのことである。まあ、本当にあの、子供のこれが成長したなら、どうなるじゃろうかと、やっぱ、本当に不安に思わなければならないような、子供の上に病気がある。
 ところがですね、打ち込めば打ち込むほど、その病気がひどくなって来たわけです。もう、とうとう、その、たまりかねてから御主人の方がです、お前は、もう金光様参りは止めれて、こういうようになって来た。お前が参るごとなったら、かえってひどうなったじゃないか。ほん時に、(こうじゃくさん)が主人に言うておられますですね。お父さん、この人のことは、もう、とにかく私に任せて下さい、て言うておられます。まあ、そう言われりゃ、言葉として美しいけども、やはり実際は非常に迷うたち言われるですね。
 そこで、昔、信心しよった何々様にもお参りをするというような途中ではあったんですけども、そういう時に限って、椛目の御信者さんとぴったり、途中で会ったりなんかしてですね、その、おかげを頂かれる。ちょうど、その朝の御理解でございましたと言うてから、その、何月何日の御理解を覚えておられるわけなんですね。ね。大きな、まあ、お母さんがですね、子供さんが新道に出て行こうとしよる、自動車がどんどん通りよるところへ。ほれで後ろから、ほれ、何々さん、危ないが、危ないがと言うて、そのお母さんが子供を呼ぶけども、子供は喜んで、その、かえって嬉しがってから、お母さんの方を向いて走って、新道の方へ出て行くというような状態である。
 ははあ、私が迷うて、あちらへ行ったりこちらへ行っとることをです、神様がもう、ほらあ、そげな所に行きよったら危ないが、危ないがと言うて下さりよる、そんなように、その、まあ、感じたと、こう言うのでございます。ね。それから、もう、いよいよ、一心と定めてです、それでも、やっぱ信心友達の田中さんやら中村さんやらに相談してですね、もう、お父さんはこげん言いよる。どんなもんじゃろうか。
 お父さんに、とにかく、この人のことは私に任せて下さいと言うて、まあ、言いやしたものの、まあ、断言的に言うたことは言うたものの、いいえ、必ずおかげ頂くがと言うて、言うたことは言うたもののです、やはり、心配になる。だから、信心友達に相談させて頂いてから、さあ、ここが辛抱のしどころじゃろうと言うに励まされながら、今日までの信心が続いて来たと、こう言われる。
 続いて来られるうちにです、昨日、それは話しておられませんけれども、最近ではその御主人がです、お商売に出られる時に必ず、あの金光様にお願いしてくれる。お願いしてくれたか、と言うてから念を押されるようになった。ね。それは、おかげがはっきりして来るわけなんです。ね。同時に、その息子さんのそん病気もですね、もう、本当に不思議なくらいにおかげを頂いて行きよるということです。ね。
 そのことだけじゃない、これは、信心の一つの過程ですね。やっぱり、迷うこともある、同様をすることもあるけれども、ね、それこそ、親が子供が、ね、危ないところに行きよると、ほら、危ないが、危ないがと言うて、後ろから(おらんで?)走って行くけども、走って、面白がって、その、自動車の通る道路に出ておるような、お互い信心をしておる、その、なかろうか。ね。
 次に中村さんが発表しておられます。もう、本当に信心が、もう、何と言うでしょうかね、地味豊かなというか、もう、深いと言うか。まあ、中村さんがおかげ頂かれるようになって何年でしょうか。まあ、二年余りでしょうかね、椛目の時代から日参される。お母さんの問題からおかげを頂いて。それは先生、問題はずうっとありますち。難儀は続いておりますち。けれども先生、もう、日々親先生の御取次を頂いて、こうあって、ああ在っておると思うたら、そのことがですね、不安ない、心配でないち。
 そげなことを、実例をもって色々話しておられますですね。お参りしよるけん、もう一遍に儲けだしたとか、この問題が解決したというなことじゃないて。けれども、そういうことが、一つひとつ御取次を頂かれて、頂かせて頂いて、日々信心のけいこをさせて頂いておればです、そのことが心配じゃない。ね。
 最後に久富勇さんがお話をしておられましてから、本当にもう、素晴らしいと思いました。ね。先日も家内と二人で、朝の御祈念にいつもお参り致します。子供が高校、中学、小学校、三人の子供が、とてもその、朝がお弁当の用意してやったり、準備をしてやったりするのが間に合わない。そこで、まあ、いろいろ夫婦で工夫をしてお参りをしてくるけれども、なかなか、その、まあ、思うような信心が出けない。ね。
 けれども、それは現在の私どもにとってはです、最近、還元還元ということを言われますけれども、もう、本当に、相済まんことですけども、その還元が出けません。家内は、貴方が椛目にそがしこ打ち込みよんなさんならば、ね、畑の方が荒らしちゃならんから、誰か一人雇うてくれて、こう言うけれども。雇うごたる金があるごたるなら、俺はお供えするち。ね。いわゆる、還元すると言われる。ね。
 さあ、ここを一つ辛抱し抜いてから、とにかく俺たちは、最近言われる還元ということがね、出来んから。せめて、身だけじゃない、体だけなっとん還元させて頂こうと思うて、もう、俺達夫婦は、頭から行った還元にならなきゃいけんぞ。教会の御用と言うたら、もう、頭から行け、体で行け、と。俺がこうやって共励会のあちらこちらにも、こう回らせて頂いて、まあ、俺ぐらいな信心でです、指導なんか出来やされないのだけれどもです、私はその地区に還元に行くつもりで行きよると言われるんですよね。ね。
 その朝も御理解に、今日は一日みなさん、本気で一つ、豊かな心になろうじゃないか、という親先生の御理解を頂いて。ところが、もう、七時を過ぎてから、もう、子供達間に合わん。はあ、それで、その、自動車は80も出してから、ブーブーやってその、走って、まあ、帰りよった、と。ところが、その、勿体島を過ぎたところから、ジーッと車が止まってしまった。ああ、それから困るし、家内だけは善導寺の弟さんがおられますから、電話をかけてから、呼びに来てもろうて帰った。
 そして自分は、まあ、ここで笠さんの椛目に参りなさるとを掴まえたから、修繕してもらおうと思うてですね。そして、その、まあ、どげん扱うたっちゃ見たっちゃ分からんもんですから、とにかく、ジッと、もう御祈念するより他にない。そしてから、本当にもう、今朝こそ親先生があの豊かな心、豊か心。自分も、今日はいよいよ豊かな心になるぞと思うてから、思うておるのに、もう、てんで、その、自動車は80もスピードを出して走って、そして、イライラモヤモヤしながらです、そこへ持って来て自動車は縁故して止まってしまうというような中にです、イライラモヤモヤしよることにです、もう、第一歩から失敗しよるなと思うてです、ね、神様にお詫びさせて頂いたら、心が豊かになった、落ち着いた。
 ところがです、今までどうしても動かなかった自動車が動き出しよる。もう、神様の働きて恐れ入ってしまう。先生、それだけじゃございません、それからが素晴らしいの。帰らせて頂いたげなら、もう、ちゃんとご飯の準備も弁当の準備もいろいろ出けてから、子供達が三人で、もう、何もかも出けておった。
 そして、あの、みどりさんな小学校に行っとります娘がです、あの、お母さん、今朝あの、お夢を私は頂いたと言うのです。ね。ちょうど何十分じゃった。ね。
 お母さんが枕元に座って、みどりちゃん時間よ、みどりちゃん時間よち言うて起こさっしゃったげな。さあ、両親の者はそのことが気にかかって気にかかってたまらなかった。ね。けれども、そういうような在り方にならせて頂く時にです、もう、子供を起こして、さあ、一番下の娘が、さあ、姉ちゃんも起きなさい、兄ちゃんも起きなさいち言うて、兄弟三人で朝の準備をするようになりましたと言うのである。ね。
 神様が育てて下さる、神様がそうさせて下さる。ね。本当に素晴らしいことですねと言うて。ね。ちゃんとみどりさんの枕元にですね、お母さんが座ってから、みどりちゃん時間よ、時間よち言うて起こさっしゃった。だから、私が一番に起きてから、姉ちゃんと兄ちゃんを起こしてから、ご飯を炊いて、こうした、ああしたと、こう言うてその、言うておる。ね。
 皆さん、例えばです、まあ、合楽会と言えば、合楽、今、ここの合楽教会じゃ一番新しい会ですよね。それは、なるほど新しい会の中には松栄会がございますけれども、これは、もう以前から信心をしておった人達の、まあ、言うなら大二次、ここで二代目の人達の信心の集いですけれども。合楽の方達の場合なんか、もう、本当に金光様のコの字も知らなかったという人達が集まっての会なんですよ。
 ね、それにも関わらずですね、ただいま私が申しますような信心にお育てを頂いておられるということが、ね、何と素晴らしいことだろうかと私は思うです。ね。その中から、皆さん、私が一番はじめに申しますように、ね。生神金光大神取次の道の働きが、そのごひれいが、ね、お互いの心の中に、過程の中に生き生きとして、ね、おかげを頂いておられる。ね。
 これが、まだ自分達の、はあ、信心っちゃ有り難いと、こう、思うて行かれるところなんです。だから、まだ現されるところまでは行ってないけれどもです、これがこの調子で行けば、現されないことはないということ。ね。昨日、高校入試の発表がありました。北野の秋山さんところの息子、長男も受験致しておりました。おかげを頂いてから、不合格でした。もう、本当に何と申しましょうかね。あの、もう、信心が本気で出けておると、なるほど、朝参りがお参り、朝の御祈念、また、夜の御祈念に参ってみえました。
 けれども、これはですね、親先生、出来る出けんじゃございません。子供のね、例えば、そういう入試といったような時にです、母親が一生懸命にならせて頂いていなかったら、子供に対して相済まんということです。例えば、出来ても出けなくても。だから、実は私は、あの、この夜の御祈念の(一回?)お参りを受けさせて頂くのは、そういうつもりでお参りします。
 もう、どうでもこうでもという事では、決してありません。ただ、親先生が浮羽高校が良かろうと仰るから、浮羽に受けさせるだけの事であって。ただ、子供の試験のために、なら、親が一生懸命にならなかったと言うたんでは子供に対して申し訳がないから、お参りをしたのですけれども、というようなお参りであった。おかげを頂いて、不合格じゃった。
 もう、私が楽なこと楽なことですね。はあ、おかげ頂いたねって、本当に言えるんです。ね。おかげというのは、本当に出けたから出けなかったじゃないのです。心の底にです、先生、お願いして頂きよったばってんから、おかげを落としました、出けませんでした。例えば、そういうようなものがあるなら、もう、御取次、本当なおかげの御取次が出けんです。もう、それはその、その信心の過程においてもそうでしたが、それもそうでした。夕べもまた、夜の御祈念に参って来てから、また、今からお母さんお礼に出るもんの、と。お父さんも、ああ、そうか、ご苦労さん。
 息子の方も、(   )お参りしておいで、と。そげなんとは何のこつがいるの、僕は出けじゃったちゅうて、例えば、これから先もないっち。私は信心のおかげというのは、それだと思うんですよ。ね。死ぬる用意より、生きる用意をせよというのはです、ね、おかげを落としたと形には見えるけれども、難儀にまた見えるけれども。ね。その難儀を生かすための信心のけいこをさせて頂いておるということが有り難いのだ。
 これは、昨日、三橋先生んとこの霊祭の時に頂いた御理解なんです。ね。死ぬる用意より、生きる用意をせよということは、ね。どういう、例えば、難儀と思うような問題でもです、その難儀を次のおかげに生かして行くためのけいこが常日頃に出来ておからなければならない。そこに、日に日に生きるが信心なりという、力強い信心をさせてもらわなきゃいけない。その難儀は難儀と言うたら、もう、それまでです。ね。
 難儀のように見えておるだけ。神様の深い、もう、それこそ神縁な神様のお計らいというものは、人間凡夫じゃ分からん。そこで、もう、よろよろしたら、もうお終い。ね。ですから、これだけは絶対言えることはです、例えば、なら、秋山さんのような、そのような受け方だったら、もう、絶対おかげになるですね。これだけは、もう、断言できるです。ね。
 それがおかげの元になるです。ね。これだけは、間違いないことですね。ね。出来るとか出けないとか、降るとか照るとかということは分からない。信心がしよっても、降ることもありゃ、照ることもある。落ちることもありゃ、上がることもある。けれども、それがどちらへしても、御取次を頂いてのことであったのは、おかげである、と。
 けれども、その、おかげであってもです、それをおかげに、ね、生かせる信心が常日頃出けとかなければ駄目だということ。この辺が難しいんです。けども、今言う、例えば、合楽の方達のような、そういう信心過程をですね、通って行きよると、それがその時に出ける。その時に、秋山さん、そのお礼お届けに出て参りました時に頂きますことが、ちょうどこの、松ですね。あの、松のこう、今度、菊栄会でバッチを作ろうと言っておる、こんな、松の図案化した松ですね。
 こう、末広型に松の模様が書いてあるです。それに扇子の骨。いわゆる、松の形をした扇なんです、扇子なんです。そして、特にその印象的じゃったのは、その、骨んところですね、この骨のところ。松の紙が、こうついておって、そしてそれに、この骨んところを非常に頑丈な感じで頂くんです。
 ははあ、信心の土性骨と言うが。ね。はあ、もう本当に、秋山さんは見事にここんところを合格したなという感じでした。ね。もう、常にですね、ここんところの信心のけいこが、おかげ、自分の思いにならじゃったらぐらい。もう、こげなこっじゃおかげにはならんです。ね。そのために、今、合楽の方達が張り込んでおるような信心が過程として出来なきゃならんのです。ね。
 そして、どのような場合でも、どっこいと受けさせて頂けれる信心なんです。ね。まあ、これは、お験しならお験しとも言えるでしょう。どういうお験しかと言うと、この松のおかげ。言うならば、秋山さんが夢にも思わないようなおかげになって行くための、ね、末広になって行くためのおかげの頂けるための、いわば、おかげの基礎にもなるものだろうと、私は思います。
 ね、信心の土性骨ということを言われますがですね、その、本当に信心のその土性骨がしっかり座った信心させてもらわなきゃいけません。昨日、今、ここに参っておられますが、西田さんていう人が村内から参って来ます。もう、本当に子供さんが亡くなり、今度、三人目の子供さんが、もう亡くなりかけとる。
 (ひとの坂田が?)がありましょう、この、(三井交通?)の運転手をしておられました。本人は信心がない、家族の者も信心がない。お母さんが一生懸命参って来る。ところが、もう、初めっからですね、もう、難しか、もう難しかという感じなんです。例えば、昨日一昨日だったかね。もう、御神米を頂かせるとですね、それがちょっと入る。もう、もう、言うなら死んだも同様になっちゃる。
 だから、御神米を頂かせてくれと言われるから、私がニ体、御神米下げたんです。確かに、これを入れられたんですよ。ところが、帰られたらそこに御神米が落ちとるんです。もう、私はもう、水かけられたごと冷っとするとですよね。けれども、そのお母さんがですね、その、その時に言われた一言がです、神様に引っかかったんです。ね。こちらのおじいちゃんが、以前はどこどこの何々様にお伺いやら参りござった。
 だから、婆さんやい、これは、どうでんいっちょ、どこどこさんに、いっちょ参って、お尋ねなっとんして来んかち。これは、お障りか何かがあるとかも知れんぞ、と言うてお爺さんが言われた時にです、お婆さんが言うておられることが、いやあ、私はもう、じっちゃん、もう、どこにも参らんばのち。もう、私は金光様に腹を決めたけんで、もう、とにかく金光様一心じゃけん、もう、どこにでん参らんばのち言うて出て来ましたて、言われたその一心を、今、私は神様に引っ掛けてお願いしよる訳です。
 だからね、御取次というものは、非常にそういう微妙なもんです。ね。例えば、なら、秋山さんが、本当にもう、息子が合格しなかったことが、グラリしておるごたる風に来とったら、御取次がしにくい。どん、次のいわば松のような、神様が下さろうとするようなおかげのおかげへの引っ掛けが出けんです。おかげを頂きまして有り難うございましたがです、これから芯から出けるところにおかげ。
 これは、もう、信心の程度は違うけれども、ただ、今、おかげを頂きたいばっかりで参って来よんなさる西田さんの場合でもです、もう、私はじっちゃん、他には参らんばの。金光様におすがりしとるけん、金光様一心ばのと言うて、参って来た。もう、神様の方から外れござるとですけん。これは、いつの場合でもそげんです。もう、病人に行く時からそうでした。ね。
 それは、もう、大変な病院じゃった。けれどもですね、やっぱり手術もし違いもありゃ、ね、注射のうち違いもありゃ。ね。もう、(第一?だいたい?)おかげ頂きよったところが、輸血をした。輸血をしたところが、その輸血がね、何か腎臓の毛のある人の血やった。それが、今度はまた、そういう致命的なものになってきた。ね。けれども、こうして年寄りの、いわば、お母さんが子供のために一生懸命お参りをして見える。しかも、一心にと言われる、その一心のところを神様へ私が、ね、助からん命でも三度までは助けると仰るこの神様だから。この際、この度、どうでも助けて頂かにゃならん。ね。
 どうぞ、というような御取次をさせて頂いておりますが、これはね、御取次を頂いてということ。御取次ということが、どんなに微妙な働きのあることかといったようなことをね、その聞いて頂いたわけですけれども。どうぞ、様々な過程のところを通っておられますけれど。現在、ただいま皆さんの場合は、ね、いよいよ、金光大神の御取次の生きた働きをです、いよいよ世の中にも現して行こう、教団の上にも現して行こう、お広前の上にも現して行けれるための信心がです、今、合楽のお広前には犇き合っておるという感じ。
 ね、そこんところをお互い頂き抜かせて頂いて、本気で、いわゆる現されれるところまでの信心をおかげを頂かせてもろうて。なるほど、誰が見てもおかげ受けられたなあ、というようなおかげを頂いてもらわんならんと思うのでございます。どうぞ。